昭和62年国鉄根室中標津駅(昭和60年~昭和64年の写真)

昭和62年国鉄根室中標津駅

昭和62年 廃線寸前の北海道標津線 国鉄中標津駅

このあたりは、大規模な牧場が非常に多く、住民は駅まで車でしか来る手段がありません。そのため、1人1台(実際は、トラックなどあわせれば、それ以上かも)自動車を持っています。ここでは、1KM=1分で距離を判断しますので、駅から10分で着きますと言われれば、10KM離れているわけです。確かに、信号も少なく、道路も直線で、なおかつ車が少ないので1キロを1分というのもわかります。 つまり、50KMは1時間もかからないと考えられることと、自家用車はあり、おまけに電車の本数が少なければ、国鉄の必要性は無いですね。唯一遠く(札幌)に出かけるときは、釧路なりに出て特急に乗るわけですが、それも、近くに中標津空港があるので、空港に行った方がいいわけですね。そんな必要性が薄い駅であればやはり、廃線になりますね。今は廃線になり、この駅舎はどうなっているのでしょうか? 駅前がなくなり、町の中心はどうなったのでしょうか?今の中標津がどうなっているか、教えて頂きたいです。(管理人)

 

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年代
昭和60年~昭和64年
場所
北海道
分類

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写真提供者
我が昭和
提供協力者
掲載日
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『昭和62年国鉄根室中標津駅』への書き込み

昭和62年国鉄根室中標津駅 へのコメント

昭和62年国鉄根室中標津駅” への2件のコメント

  1. 我が昭和 管理人 より:

    KENさま
    コメントありがとうございます。
    なつかしいドラマですね。布施博が駅長だったドラマですね。
    悲別は確か、ここも廃線になったとおもいますが、上砂川駅だったとおもいます。
    駅の看板の裏に、出演者のサインがあったと聞いたことがあります。
    上砂川はむかしの炭鉱の町で、非常に何とも言えない寂しいところですね。

  2. KEN より:

    昭和後半、アマミヤリョウ?という役者のドラマで「昨日、かなしべつで」っていうのがあったようにおもいますが、その舞台だったのでしょうか?北海道のドラマだったように記憶していますが。

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