昭和42年工場+畑+民家+子供+自家用車(昭和40年~昭和49年の写真)

昭和42年工場+畑+民家+子供+自家用車昭和42年工場+畑+民家+子供+自家用車
この光景ですが、昭和40年ごろの大都市近隣の町の風景ですね。大阪ですと、寝屋川や門真、東大阪、堺あたり。東京では、どのあたりあたり?でしょうか??
急速に田んぼや畑が埋め立てられ、工場や家が建つ。しかし田んぼでは昔のままの稲を乾燥させている姿。そんな近代的な工場と昔の儘の農業のアンバランスな中にくらしていたわけですね。そして、徐々に家の前に車が停まり始めたんですね。ボットントイレが水洗便所に変わりはじめ、どんどん変わり始めた当時のまさに凝縮された写真ですね。そういえば、この時代の家や塀の周りにあったドブというか溝のフタは今のようなコンクリートや、鉄板ではなく、木のフタでしたね。よく、うえをあるいていると、外れて、はまったものです。(Webマスタ)

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年代
昭和40年~昭和49年
場所
大阪府
分類

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写真提供者
大さん
提供協力者
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『昭和42年工場+畑+民家+子供+自家用車』への書き込み

昭和42年工場+畑+民家+子供+自家用車 へのコメント

昭和42年工場+畑+民家+子供+自家用車” への1件のコメント

  1. 我が昭和 管理人 より:

    昭和40年ごろ、都市部郊外の田畑はどんどん工場と宅地にかわりつつあり、道路はまだ未舗装の路地ばかり、田んぼは稲を天日干し。そのような中で、高度経済成長の象徴である自動車が民家に駐車されはじめました。
    もしかして、日本が一番将来に夢や希望を感じていた頃なのかもしれませんね。

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